あゆみ

昭和22年  6月よりララ物資(アジア救済連盟)の寄贈が始まり、札幌市の学校給食が始まりました。
 栄養士は教育委員会に助教諭という身分で1名配置になりました。 調理員は、PTAが雇用したり、父母が奉仕活動として給食作りに励みました。
昭和25年  教育委員会に4名の栄養士が配置され、各学校に巡回指導を行いました。
 忙しい毎日の中、児童生徒のために新しい知識を吸収し反映させようと、仕事が終わってから寄り集まって、自主的に勉強会を開くようになったのが栄養士会の始まりとなりました。
昭和28年  各地の様々な取組により、栄養士の必要性が高まり、配置数も除々に増え、17名で札幌市学校給食栄養士会という名称でスタートしました。
昭和31年  栄養士会の研究活動報告や情報交換の発表の場として「栄養のしおり」第1号が発行されました。
昭和33年  給食指導の具体的な方法などの研究や各種の調査は、栄養士会が中心となって、精力的に推進されてきました。
 また、札幌市教育研究協議会(札教研)の一員としての研究も深まってきました。
 家庭の食事調べ第1回が実施されました。
昭和34年  栄養士会の研究体制は地域別5ブロックになり、献立カードの作成などの研究を行ってきました。
昭和52年  学校給食展がスタートしました。
平成 元年  札幌市学校給食栄養士会は、学校給食の普及と向上に対する功績が認められ、文部大臣表彰を受賞しました。
平成11年  札幌市学校給食栄養士会は50周年をむかえました。
平成19年  1月より20名の栄養教諭が誕生しました。